〈私の〉オブジェ・トゥルヴェ12/6 ★その3ブーレーズに“沼る”道 🛣️
- yumiko segawa
- 10月12日
- 読了時間: 7分
〈私の〉オブジェ・トゥルヴェ12/6 ★その3
ブーレーズに“沼る”道 🛣️
今日はブーレーズのwork in progressをできる限りちょっと素描🪡
この状況を、
L' Oeuvre: Tout/Fragment(作品:全体/断片)
と、ブーレーズは見事に私たちに想像💭させてくれる。
そしてクレーのタイトルの付け方はいつも魅力的です✨
いつもリサイタルを名付けるときに、クレーの助けを借りるのです🙋♀️
--ひとつの詩の始まり Anfang eines Gedichtes
(瀬川のカバー写真を見て!)
彼がこの世界かあの世界の“ある”出来事をひとことで毎回言い当ててしまうし、それを絵で描ける“術”に少しでも近づきたくて…🥷
そんなことで、今回のリサイタルは、ブーレーズの「Work in progress」なるものを、動的なままに、いかに「断片」で語っていくかのチャレンジングな企画です。
福士則夫先生の1967年の『5つの断片』も、その後の福士作品に繋がる「断片」が散りばめられた、5つのまとまり。
バッハの『フーガの技法』の最後絶筆のフーガも、「断片」。
結局は副題だかなんだか、このリサイタルにはたくさんのタイトルが並んでいますが、私としてはどれも主要なタイトルなのです🥹
・ひとつの詩の始まり / Paul Klee
・〈私の〉オブジェ・トゥルヴェ
・ソナタからアンシーズへ
・L' Oeuvre: Tout/Fragment(作品:全体/断片)
まず、4つ目の
L' Oeuvre: Tout/Fragment(作品:全体/断片)から。これはコレージュ・ド・フランスでのブーレーズの最後の講義名。
残念ながら笠羽映子さんの日本語訳『標柱 音楽思考の道しるべ』の中では、取り上げられていない講演録。
でも、ちゃんと我らの国音の図書館には英語版があるのです。ほとんど誰の手垢もない綺麗な新品同様の本😄
一🗣️我々が知っているような「作品」は真の全体なのだろうか?それともむしろ、より大きな未完のプロジェクトの、時間的に限られた「断片」なのではないだろうか。しかし、それなしには、この「断片」は存在し得ず、「全体」という幻想を与えることはできないだろう…(Boulez コレージュ・ド・フランス最終講義L' Oeuvre: Tout/Fragmentより)
この講義が始まったのは1994年。
ポリーニとベリオが審査員を務めたウンベルト・ミケーリ国際コンクールのためにブーレーズが書いた3分の超絶技巧の『アンシーズ Incises』。これも1994年の作品なのだけれど、ここからアンシーズの拡張劇が始まる。
3台ピアノ&3台ハープ&3打楽器のための
・Sur Incises (1996)
・Incises (2001ピアノソロ拡張版)
また、今回のリサイタルでブーレーズを語るときに重要な人物キーワードは、
パウル・ザッハー
ウィリアム・グロック
マウリツィオ・ポリーニ
かなと、思っているのです。
ピアノ丸腰1台リサイタルなので今回は演目に登場はしないけれど、意識的に下地としてあるアンサンブル曲は以下の「アンシーズ」でも、基盤に使用されているザッハー音型(es-a-c-h-e-d)のザッハー・サイクルの最初の3部作は、
・メサジェスキス Messagesquisse(1976)
・レポン Répons(1981-84)
・デリーヴ Dérive 1(1984)
メサジェスキスは、生誕60周年を記念してパウル・ザッハーに、デリーヴ1は、イギリスのピアニストでBBCで長年ブーレーズのディレクターを務めていたウィリアム・グロックに捧げられた。
グロックさんは、かの「シェーンベルクは死んだ」ブーレーズ論考を依頼した編集者📑
だから、デリーヴ1は、🤡ピエロ・リュネールの編成に近い!?🤫
こうした時代、1980年代以降に書かれた(出版)されたピアノ作品をリサイタルでは取り上げます。
もちろん、このリサイタルで演奏できるブーレーズ後期のピアノ曲は、彼のことさら一番!って挙げられるほどの曲ではないかもしれない。
タイトルに「断片」だなんてついているのだから…もっと大きな構想があって、そのほんの“途中経過”なのかもと思わせる兆し的作品なのです。🤔
これは、ブーレーズのたくさんのスケッチの中から、幸運にも選ばれて遂行された「断片」たち。だから必ずしも、この曲の「長さ」は必然ではないかもしれない。
ピアノ作品
・スケッチの断片(1987)
・天体歴の1ページ(2005)
Wie-Chien Lieさんのこのデリーヴについての論文から、デリーヴ1のロンドンのバービカンホールでの初演の時のブーレーズのインタビューの言葉の中に、『天体歴の1ページ』の成立のヒントが💡
--私が作品を書くとき、私は常に使用されるとは限らない多くのスケッチを持っています。 それは私が取って増幅し、拡大する“日記のページ”のようなものです…(ブーレーズ)
扇が開いていくような対称的なデザインは、『デリーヴ1』と『天体歴の1ページ』と似ている🤫
1980から90年の10年間、ブーレーズは『Le visage nupital 婚礼の顔』の改訂に時間が費やされたりで、思うように進まなかった素晴らしい企画があったそうなのです🥹✨
それが、ポリーニのために「ピアノとアンサンブルのための協奏曲」の構想。
そのためのスケッチが大量にあると、、、
そのスケッチに大いに関係するのが、
『スケッチの断片(1987)』
デリーヴと共通のコードやら、アンシーズのトレモロを想起させるものやら…小曲ながらに詰まっています。
ハーガン先生の貴重な草稿研究からヒントがいっぱい→『Pierre Boulez Sur Incises and its world』📙
でも、結局ポリーニとの奇跡のプロジェクトは実現に至らず…
それが、ポリーニ主催のコンクールで、『アンシーズ』という形でブーレーズとコラボできたのだから、この不思議な伏線を私たちは喜ぶべき🥹✨そして、「ピアノとアンサンブル」構想、これが、3台ピアノ&3台ハープ&3打楽器のための『Sur Incises』(1996)として鳴り響くことになるのだから、ブーレーズの息の長い「願望」持続熱🔥には、脱帽です。
でも、もっともっと息の長い話…
この『ピアノとオーケストラのための協奏交響曲 Symphonie Concertante』これはすでに1947年に構想されていたという。でも、このスケッチを1954年、ケルンにシュトゥックハウゼンに会いに行った際、スタジオでお掃除のオバサンに片付けられてしまったと…🧹喪失してしまった…😭その後もご本人はずっと悔恨の思いで振り返っています🥲
でも、この『Symphonie Concertante』構想は、のちに『第3ソナタ』と『Dubles』に息づくことになる。アンティフォナルな構想として。このことはまたお伝えしなくては📝
ブーレーズはあの時失ったこの構想を、そう、22歳のあの血の気が盛んなあの時期に書いたあの構想を50年経ってもずっと思い続けていた…そういうふうにも読みとれる。
なんて持続力!なんて執念…!
周りから「執着」に見えるものは、「可能性」に賭けるひたむきさ🥹✨
ブーレーズの願望を妨げた忙しい時期の仕事。これによって実現されなかった数々の作曲のことを思うと、呪いたくもなる!?😣
でも、指揮の身振りと作曲は分かちがたく結びついている✨
ワーグナーの「リング」(ニーベルングの指輪💍)を振っていたことが、『レポン』のリング状の配置に繋がっているかもしれない…だって『レポン』は元々「リング」だったって…
そういったことはほんの一例に過ぎなくて。
私が色々示唆を受けているのは、だいたいがイギリス🇬🇧のピアニストで音楽学者のPeter O'Haganの研究によるもの。
昨年、🇬🇧から来日されたイアン・ペイスさんから色々教えていただいて、私はイギリス方面からブーレーズを教えていただいています📚
今のブーレーズ研究にも続くイギリスとブーレーズの親和性。
この元は、やっぱりBBCでの音楽監督のお仕事と長らくブーレーズを支えたディレクター:ウィリアム・グロックとの関係にあると思います🥹
だから、最後にこの2人の心通う文通より♡、
ダンテの神曲から引用したあの「暗い森」🌳🌳🌳🌳🌳のブーレーズお手紙で〆ます。(レポンの作曲の途中経過)
----古いスケッチに立ち返ることは、まるで「暗い森」Selva Osculaに入っていくかのごとく、とても厄介なことでした。しかし、私は今や再びその世界にいると思っているのです・・・(プーレーズからW.グロックに宛てた手紙~)
It was hard to go back to all the old sketches. It was like going into a 'Selva Oscula'.
But I hope that I have now again entered this world (from an postcard from Boulez to William Glock)























コメント