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ドゥルカマラ通信* その3

打ち合わせのためトッパンホールへ。
3rd CD 『肥沃の国の境界にて』でもお世話になった録音スタッフ小川洋さんと。

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さてさて、
それにしてもこのチラシ、パウル・クレーのドゥルカマラちゃんの遺影のようですね(笑)

でも、本リサイタルでは“死”も1つの根底のテーマにあります。

パウル・クレーの墓碑銘、、、
「この世では私はほとんど理解されない。なぜなら私は死者のそばに、そしてまだ生まれていない者のそばに住んでいるのだから」

☆見えないものを見えるようにすること☆
これがクレーの究極目的だったから、

本リサイタルの究極目的は、

---ふだん感じられないものを音響化すること♪

・・・

死と再生の島とも言われる、パウル・クレーの造語であるこのドゥルカマラ島は、架空の島。

ラテン語のドュルキス(甘さ)とアマルス(苦さ)のドッキングのクレーの造語、ドゥルカマラ。

甘さも苦さも善も悪も、、どちらも否定することなく対立しつつ共にある世界。

「ドゥルカマラ」の名前を巡る説は他にもあるが私はこの説に賭けたい!(*^^*)

プログラム冊子では、ここから「ドゥルカマラのわざ」と題した5つの弁証法物語を作ってみた。
それはまた、後々に。

晩年、ナチス政権の弾圧、皮膚硬化症にも苦しめられながらも最後まで猛烈に制作し続けたクレーなので、“この瀕死の白いドゥルカマラちゃんの顔”が、まさにクレー自身の顔なのかもしれないと、密かに言われています。

クレーは、最期の1年間に1253点も製作しました!驚異的な創作力…。
こうした最中に生まれた『ドゥルカマラ島』。

驚異的な晩年のエネルギーが、凄まじい“死と再生”の渦の中で、瞬間をすべて描き留めようとした。

作品の数が膨大なのではない、時の泡が膨大なのだ!!\(◎o◎)/

と叫んでみたくて、これを、本リサイタルの題名に添えた。

「時間の泡は如何に?」

もっとも、“時間の泡”はブーレーズが自分の作品を語る際に用いた珠玉の言葉なのですが…。

ふだん感じられないものを音響化するために…
これはブーレーズに限らずこのプログラムの曲目に共通する。

作曲家の晩年というのも、すごい心境と思う。本リサイタルでは、はじめと終わりに、d→dへと繋がる晩年の作曲家の心境が引かれています。

--フォルム諸要素に重点がおかれればおかれるほど、見えるものをリアルに再現しようとする足場を失っていく。
……抽象に向かうが、当然のことだ。

という クレーの言葉が表すように、

バッハは、晩年期に『フーガの技法』で抽象の深みへと真実に向かって歩み出した、、

そしてシューマン、武満徹に関しても、共に生涯最期のピアノ曲となった作品を取り上げる。

クレーの晩年の心境に呼応して、抽象化した作品がならんだ。

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