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  • yumiko segawa

別様の作動2 in 1 in 2 ★ その6★ 福士則夫先生のPARATAXIS技法について-



★別様の作動2 in 1 in 2★ その6


-福士則夫先生のPARATAXIS技法について-


福士先生が水彩画を描かれることをご存知ですか?✨


作曲を知っていることと、色を知ってることと、実際書ける・描けることは、ちがう🤔


ある人・色・音と、「お友達になること」と、「一緒になること」の隔たりがかなりあるように😊✨


パウル・クレーの日記にはこんな言葉があります📓

---もう追いかけることもない。僕は色彩とひとつになった!


実は2016年のリサイタルでは、会場でこの言葉を中くらいの声を発してから🔈弾き始めました。


福士先生は色彩と「ひとつ」に✨そんな演奏ができたら…🍀


とにかく先生の水彩画、素晴らしいのでぜひ!こちらでご覧になれます🥰

2008年に60日間、「声のための曲を創るために」招聘された福士先生の、イタリア・チビテッラ日記の最終回、日本現代音楽協会の連載ブログです!


「気分転換に描いている」などと相変わらずの福士先生の調子でおっしゃられますが、ものすごく繊細な先生の感性が滲み出ている素敵な水彩画です✨

やはり、青の使い方がとても綺麗…🩵


しかし、先生のピアノ曲、今回2公演リサイタルの【その1】10/14で弾かせていただく『とぎれた記憶』は、だいぶこの水彩画からは「様子」が違うのです🤔


そう、この曲は昨年の門天4人組の会でも弾かせて頂いて2回目の挑戦になるのでまたの説明もいらないかもしれませんね。バッハ『マタイ受難曲』に5回登場するあの有名な受難コラール〈おお、御頭は血と涙にまみれ〉(パウル・ゲルハルト詞)の、3回目の出現時のニ長調のコラールの冒頭の2.3の和音だけがとぎれとぎれに、→『とぎれた記憶』として鳴り響くピアノ曲です。


平和な日常もここにはなくて、先生は修験道のなかで「抽象」の表現を見出せんと…非常に厳しい愛の手つきで、「記憶」「具象」…といった“間”

に深淵があることを炙り出すのです🕸️

-パラタクシス(並列技法)によって!


実は、こう言っても良いものか…先生が描かれる平和でカラッと爽やかなこの水彩画のようなものはこの音楽にはございません(*_*)


きっと水彩画を「気分転換で描かれた」というのは本当かもしれない。音楽にあるものは、「底知れぬ厳しさ」…

先生は、やっぱり「作曲家」でいらっしゃる。

本性は、やはり、五線譜上に書き下ろされた鉛筆に宿るらしい…👀


ここにあるのは、壮絶なドラマで魂の底まで覗き見るように…そして、音による水彩のパレットはもはや「水浸し」といっても過言ではなく、濁ることを厭わない、そんな激しい「水彩響」です…。


この感覚はドビュッシーに起源があると思われているけれど、ペダルの濁りをそのまま「音色」として1つの素材として使い始めたのは、実はベートーヴェン!ということは野平先生節で何度もお聴きしながら、ついに少しずつ私の血や肉になってきた感覚です☝️


そしてブーレーズへと話が進めば、

例えば、素材の提示部ではペダルの指示が音、フレーズ毎に細かくあるのに、発展しモチーフに枝葉が茂ってくると、「as you wish」的に、ペダルの濃淡程度のおおざっぱな指示に変わる。


そんなことで、ペダル音濁りっぱなしの許容というのは、美しい「構成」の作品内に限る…✨


福士先生の音楽にある「水浸し」の感覚、明らかに絵の具は滲んで滲んで…そこから浮き出る透明な響き、または、かすかな「記憶」。


---私は思い出を恐れる


とは、ブーレーズの言葉だけれど、まるでこれを体現するかのように、ここでは思い出や記憶を、新たな純粋さで再生しようとする福士先生の身振りは、逆説に満ちて凄いものがあります😢


ことごとく、苦渋と拒絶に満ちている構成。身振りが毎回潔すぎて、残酷にいうほど、流れを断ち切る🗯️-パラタクシス技法によって!


『とぎれた記憶』


という題名の本当の意味が、すなわちこの曲の真の内容に。


先生がお好きというd-fis-aという伝統的な響きによって、特に出だしからバスで密かに保続低音として鳴り響くfis音の上に、あのニ長調の受難コラールがひとつ「統合」を推測っているようにみえながら、、、それは、「拒絶」される。


また今回発見したのは、春にも宗次ホールで聴かせていただいた福士則夫先生の、『とぎれた記憶』の姉妹作とも言える?!その4年前の1996年の『パラタクシス-parataxis-クラリネットとコントラバスのための 』との不思議なつながり。


この曲は、福士先生も敬愛されていらした武満徹さんの他界を受けて書かれた追悼のお気持ちが表れているとのこと。だから5部分からなるこの作品の第4部分の副題は「Tenebrae factae (あまねく暗くなり)」であり、全体が「テネブレ」の雰囲気に包まれている。これがパラタクシス(並列技法)で展開されます。


---昼の12時より地の上のあまねく暗くなりて(福音書)


このイエスが息を引き取る前の異様な光景を表す場面が、この『とぎれた記憶』の3回目のニ長調受難コラールが出現するタイミングと重なるのです!

偶然とは思えない一致に驚いています。


また、

アドルノの『ヘルダーリンの晩年の抒情詩について』の中で語られたパラタクシスの内容について、パラパラと日本の学者さんの論文を通じて知りました。その内容を、福士先生がある意味なんの矛盾なく体現されていらっしゃるように感じています✨上記に書いた通りです…


「福士先生のパラタクシスの方法が、アドルノのヘルダーリン解釈とまるで同じようなのですが」


と先生に尋ねると、


「そんな…それは出来すぎた話ですよ」


と、福士先生はまたいつもの調子で返されるのです。


◆プログラム◆————————


瀬川裕美子ピアノリサイタル-BOULEZ:第2ソナタ 別様の作動,2公演企画

【その1】vol.9 10月14日(土)

「双生の場所」:B×B…地続きの間隙・モザイク・透過」


・クルターク:8つのピアノ小品 作品3 

・ベートーヴェン:ピアノソナタ第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」から第1.2楽章

・ブーレーズ:ピアノソナタ第2番から 第1楽章

・福士則夫:とぎれた記憶(2000)

・ブーレーズ:ピアノソナタ第2番 から 第3.4楽章

     ・・・


・ベートーヴェン:ピアノソナタ「ハンマークラヴィーア」から第3楽章

・ブクレシュリエフ:群島Ⅳ(1970)

・ブーレーズ:ピアノソナタ第2番 から第2楽章

・ベートーヴェン:ピアノソナタ「ハンマークラヴィーア」から第4楽章

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【その2】vol.10 来年1月27日(土)

「植物的で不可思議な」:to B 個体・ほころび・創発」


・ルイ・クープラン:フローベルガー氏の模倣による前奏曲

・クセナキス:霧(ミスツ)

・バルトーク:戸外にて 

・J.S.バッハ:イギリス組曲 第3番 ト短調 作品808

・シェーンベルク:3つのピアノ曲 作品11ー3

     ・・・

・星谷丈生:四季 -ピアノのための-(2016)

・ブーレーズ:ピアノソナタ第2番(1947-48)【全4楽章】


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