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近藤譲先生のオペラ「羽衣」@サントリーホール

  • yumiko segawa
  • 8月29日
  • 読了時間: 2分

🌳🌳🌳🌳🌳🌳にて


とても「Jo質」で「Jo等」な心持ちです。

上の上へ…🪽


近藤先生がベーゼンのアップライトの前でくつろぎを許さない高い背つきのいすに座って、キビシイ即興を奏で続けることと、聴き手の体験はきっと並行して。


もう、柔らかい“フカフカ”のソファなんて世の中から無くしてしまいましょう🫥🤭🫣


---“空の空間”はあるかもしれないけれど、“空の時間”はないでしょう


と、近藤譲先生は「羽衣」直前のアフタートークでおっしゃりましたが、途中、何度も訪れたあの「沈黙」、あれは“空”だったのかしら?🤔


否、すごく意味を含んでいて。


“きっと”日本語のわからない初演のフィレンツェの皆様と同じように、なかなかにサントリーホールの空間でも、ずっしり来ました。


とても幻想的な「風景」の中に居ながら、覚醒状態にあって、こくりともできない、あの響きの「帯」の中で、響きが重なるたびに、襞にまた襞が、向こう側が透けて見えてくるような…


私もまた、「檻」の中に居る人として、自分の少ない“近藤譲体験”、も反芻しつつ心地よいみずからの檻の中で鑑賞していました。


あのオーバーラップする感じの近藤先生のオケの曲、なんでしたっけ…あのリズムは…


それにもう、直前に小ホールで鑑賞したあの映画『A SHAPE OF TIME』も、すでに私の「羽衣」体験の一部になって🎞️


先生が紙の上で「即興」される時は、最初から必ず「聴く」とのことですが、「物理的に聴く👂というより、想像上、記憶の中で聴いている」ともおっしゃいました。


だから、きっとこの「羽衣」体験にも相当に個人差があることでしょう🥹✨


そう、私の弾いた“あのJo Kondo曲”も、ほとんどが「mp-mf」のあいだにあって、殆ど、その音響の帯の中でなされたこと。でも中身はぎっしり。


かなり似たような体験が、繰り返し押し寄せてきて、声はけっして囁かず、“明朗”で、“動き”すべてに“魔術”がない屹立した世界。


でも、こういうのを、“官能”というのだろうか🤫✨


そして映画の中での、あの鎌倉の山々の“Ambiguity”は、とても明快なお答えでした💫🌳


それぞれが違うはずなのに、似たような山が幾つもあって、その「類似性」🌳🌳🌳、それらが集まって“ひとつの自然”として、包み込んでいる、あの鎌倉の自然という、Ambiguity…。


今の私に、今日のハイライトがどこかなんて答えられない。


なんというか、“全体” 。


小さな差異、わずかだけどはっきりした兆候のかずかず…


あの“帯”の中にいて、あれを透過したあの体験だけ、あの1時間を体験できただけ、この暑かった夏の思い出も、きっと、“記憶の中で”、JOJOだったに違いありません🥹✨



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