ピート・ヤン・ファン・ロッスム氏のピアノ曲『amour』 「鐘の音🔔」をめぐって
- yumiko segawa
- 7月30日
- 読了時間: 3分
鐘の音をめぐって。
8/3「ある音楽家のための楽譜/ Paul Klee」演奏会で演奏致します唯一のオランダ人🇳🇱作曲家:ピート・ヤン・ファン・ロッスムさんと、ピアノ曲『amour』。
今回再演する2019年に委嘱初演させて頂いた近藤譲先生『三冬』にも取り組みつつ、彼も徹底して“聴く人”であることを実感している。
彼が聴き取った“永遠”を“共に生きよう”とすることは、簡単なことではありません
彼がたびたび私にもことあるごとに熱く語ってくれる「オルゲルプンクト orgelpunkt」は深い意味を持つことを体験として教えられます。
門天ホールでの公演だからこそできる、ミュートを使った「鐘の音🔔」。これこそ彼の人生のオルゲルプンクトと言えるもの。そう、“団扇”の先生には、医療用指サックの装着をお願いした上で、ロッスムさんの原風景である鐘の音🔔を心をこめて共に打ち鳴らしていただきます。オランダまで届いて…✉️♪
昨年、美しい小さな綺麗な街デルフト🇳🇱を訪れた際、ピエチャン(日本では皆にそう呼ばれてます。piet janの日本語読みとして😊)と、デルフトの旧教会の前で待ち合わせました。そして、私に、旧教会の真夜中の鐘の音がゴンゴン聴こえるすぐそばのホテルを紹介してくれて、私はその晩、夢の中で、ピエチャンのオルゲルプンクトを体験しました🔔
幼少期、ピエチャンが生まれ育ったデルフトの街。
ピエチャンの作品には、こうした鐘の音が至る所に出てきます。この曲にも、バスとは限らない、ある時は高音部にも…鐘の音は“遍在する”。
“鐘の音”ひとつとっても、共鳴効果として、象徴として、音楽の歴史に浸透してきたものですが、
共鳴効果は、ひとつの心境の変化を示すものでもある。
トータルセリエリズムが緩められていく過程で、ブーレーズの1950年代後半から、ブーレーズの楽器でもある、“ピアノ”そのものが、共鳴してくる。今回演奏する、最後のピアノ作品となってしまった『天体歴の1ページ』でも、溢れんばかりに共鳴…まるで鐘の音のように。
同時期に創作されていたと思われる『アンシーズ』(2001年拡張版)でも、“共鳴”は「シーケンス」として何度も鳴り響く。特に最後の
鳴り響く鐘のような響き(B♭―G♭)は、
今、ザッハー財団の図書館の目の前に聳え立つバーゼル大聖堂の鐘の音と同じだと指摘したHaganの見解は、言い得たものだと思っています。
ブーレーズの中でも、Paul Sacherの死とどこまでこれが関係があるのかは、夢想の領域です。
そう、鐘の音は人類の“夢想”のひびきかもしれない。
ロッスム氏の音楽には、近藤譲先生の『三冬』と同じように、幅広い音域に音が散らばっている。3段譜で書かれていて、彼が影響を受けているジャコメッティのあの極限の“身体”のように、音の選びは切り詰められたもの。
2019年には、今は亡きJML音楽研究所所長の故入野禮子先生宅のレクチャー「音楽における“拡張と収縮”について考える」で、ピエチャンが語ったことも思い出される。
ここで彼が描き出す「内容の実質」(近藤譲用語であります)は、ここで彼が題名の「amour」の由来でもある、“ハーモニーへの愛”、が紡がれている。その和音の実質は人生の孤独を、より広く世界に開かれたものへと切り開くように、“拡張と収縮”を通して、私たちにその深淵を伝えてくれる。
今回演奏させて頂く、鈴木治行さん、夏田昌和先生の共通の友人であるからこそ、出会えたピート・ヤン・ファン・ロッスムさんとの出会い、親交に感謝しつつ演奏します。
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8/3 配信チケット(1000円)はこちらから💁♀️
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瀬川裕美子(ピアノ)
talk with 田中美登里さん(ナビゲーター)

























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