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“青柳 いづみこ女史” の活力のひみつ🧠─ドビュッシー:『遊戯』の体験される形式感…

  • yumiko segawa
  • 2月24日
  • 読了時間: 2分

@阿佐ヶ谷。

いつお会いしても元気いっぱい!でも、食べた量は私の2分の1で🤭スマートないづみこさん。


“青柳 いづみこ女史” の活力のひみつ🧠にギュギュッと触れさせていただいた久々の時間は、演奏・対話のハイライトも、やはりドビュッシーの『遊戯』だったかな♫


この「遊戯」の位置って不思議です💭


クラシックに浸りすぎると少し行方不明に、諸々への“反応”が難しくなるような、、

かといってこれは、現代に振れすぎては、後期ロマン派のほどよいルバートの研究が疎かになりそう…


「遊戯」が演奏できるピアニストでいたいなというところで、いづみこさんと合意🤝✨


---どうか、『遊戯』を見落とさないで!


またひとつ静かな軸をいづみこさんにも入れていただいた想いです。

かといって、聖セバスチャン後の後期のドビュッシーにしか目を向けようとしないブーレーズもちょっと寂しいといづみこさん。


私は…ブーレーズの振る『遊戯』が、自然で一番好き。テンポは知る限りでは一番速い。

速いから良いというのではなくて、ルバートに引きづられないで、テンポ・イニシャルから大袈裟に離れない、すごい微妙なメモリ感覚でテンポの差異が自然に運ばれてしまうことと、必要な音が“スッと”先導されていくところに、やっぱり惚れ惚れしてしまいます…。


ピアニストとして「遊戯」に参画できる機会はとても嬉しい。こういうのは、やはり自分でテンポそのものを体験することが一番身に沁みる。


個人的には、ほんの数週間前に、🇨🇭Baselのバイエラー財団美術館で鑑賞した後期セザンヌを鑑賞した体験が、ドビュッシーの微妙な、あらゆる多様なテンポ感の把握にすごく密接に関わっている気がいたしました。


---晩年のドビュッシーに見出すもの、それはまず、もはや構築物としてではなく、体験される形式感…

(『ブーレーズ作曲家論選』より)


これを、まず感覚として掴もうとするところから。


今年11月か、いづみこさんとアンサンブルコンサートさせていただく予定です🗓️

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