9/11福士則夫(ノリオ)先生: 打楽器作品による個展 上野信一&フォニックス・レフレクション @国立オリンピック記念青年総合センター
カルチャー棟小ホール
不思議の国の「ノリス」…♣️♦️
今日は「ある」「もう一人の」ノリスのお話。
私の中で、「アリス」は何人かいる。たぶん自分のなかにも、みんなの中にも✨
奇妙な感情は、
への強烈な「若さ」への嫉妬だった…🤔
---「若さ」はねじれ。夢技術!!
それと同時にもちろん、ひたすら「打楽器」一筋の「愛」の結晶!!😹打楽器への嫉妬です🔥
3時間びっしり発表してもまだ足りない…何しろ打楽器は20作品ほどもあるというのですから!!
とにかく、演奏共に「凄かった」のひとことです🎉
打楽器超絶青年隊は、完全に「夢と狂気」の狭間で走り抜けていました💨
そう、滅茶苦茶「ナンセンス」劇場でした😹✨
コミカル劇場に、祝祭に、遊びに、兵隊的規律に、サバンナに、愛に、東急ハンズに、四方界をぐるぐる、木片はいつしか水しぶきに変化する…
論理的に聴こうとすれば…、いやそんな気も起こらない😹
ここは、子供/大人、ナンセンス/センス 元々のねじれをずっと手放さずに持ち続けた青年「ノリオ=アリス ➡️ノリス」の世界、という感じを受けたのでした✨
夢と狂気の「不思議の国のアリス」作者のルイス・キャロルは、材料のコラージュに少なくとも15年を要したという。。
日曜日は、30年以上の「福士則夫(ノリオ)」の夢と狂気の方法論を浴び続けた。
でも、福士先生を誰も狂人だなんて思わない!常に飄々としていらっしゃる…
私がこれまで出会ってきた作曲家の方々の中で、いちばん「普通」という感覚を感じさせてくれる方でもあり、なにより、これは何となくですが、
「賢者」を目指していらっしゃるようなそぶりは一切お見せにならない!!
(少なくとも最短ルートで➡️)
「私は、人類の救済のために「未知なるもの」を作曲をする!」🕺
なんて福士先生がランボーみたいに、宣言なんてされたら、みんな腰を抜かしてしまいます😹
ランボーは「未知なるもの」を見るために、自らは「偉大なる有罪人」にもなって、とのことだけれど、福士先生は、楽々と「罪」を「罪」とも思わずに乗り越えてしまう動物🐰🐈裁判官のようでした!
----「まずは判決、審理はそのあとじゃ!」♠️♦️
このナンセンス法廷劇場は、不思議の国のできごと。
だけど大変!夢の中のとんでもないアリスのできごとは、今、現実の政治のど真ん中でも起こってることかもしれない😹
とにかく、もう「夢と法廷」の間に境目がある!という常識さえ、もはや幻想。。。
論理と非論理の綾について、、、
「ノリス」先生は、本当に余計に「語らない」作曲家に見える。
---だって「夢」自体は語らない…
なんだか火曜日にもなって夕方こんなことを書き始めたのも、福士先生のひとことがちょっと自分のなかで「火打金⚡」になっているから✏️
いま、福士先生はどんなお気持ちなのだろう??
私なんかは、あれだけのバラエティー溢れる内容で、先生もさぞかしご満足でもう明日から作曲をお止めになってしまうのでは?😬
と心配するくらいだったのですが、
実は先生ご本人がどうやら現在、
----複雑な心境
とのことなのです😲
自分の範疇を越えようとされてきた努力の結晶の数々、ご自分の「作曲」に対して、まだまだとっても厳しいご様子でした…😲
「複雑」!?
ひょっとして、終演後に私が先生にお送りした疑問やら感激やらの奇妙なメールの内容に対して、先生ご自身が「複雑な心境」を抱かれたのかもしれません、が😅
---想起する者は、想起されるものに大きく関わっている…
そう、「アリス」を単なるフィクションだと思う人は実はいなくて、
「アリス」が夢から覚めるまで、読者(聴き手)の皆が、本当にアリスの「思い出」の中に織り込まれている…。
福士則夫(ノリオ)先生=「ノリス」は、
「想起した人」ご本人である故に、まだたった一人、洞窟の中に留まり続ける、妖精フェアリー、ならぬ、
精状態(ェアリー)でいらっしゃるのではないだろうか?🤔✨
胎動…
そして、きっとこのまま「ノリス」としての作曲が再び、はじまる…!!!
のですね💙
↑日曜日も青かった福士先生マーク😊💙
(今度はいつか、もう一人の「ノリス」のお話を)
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