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yumiko segawa

Regis Campo レジス・カンポさん『遮られた弦のためのエチュード』について覚書


 今年の終戦記念日 【8/15(木)日仏現代音楽協会主催の2台ピアノコンサートvol.2@門天ホール】... が、いよいよ10日を切りました!


凄腕姉さま方とのアンサンブルの合わせも既に始まっている訳ですが、昨年同様に、否、それ以上に今年は1人ずつのソロ作品も個性派揃いで、「現代のピアノ小品」エッセンスが凝縮された4場面といったところ✨ 是非お見逃しなくヽ(・∀・)ノ

・大須賀かおりさん---- ジェラール・ペッソン「光はわれわれを運ぶ腕を持たない」

・安田結衣子さん---- 神本真理(会員)『空間 (そら) に戯れて… 』

・飯野明日香さん---- 山根明季子(会員)「イルミネイテッドベイビー」

・瀬川はレジス・カンポの『遮られた弦のためのエチュード』

を演奏します♪ この4作とも、遊戯性に溢れたチャーミングな作品。“重さ” か “軽さ” で言えば、もちろん、ライトな音楽と言えるのでは (^^)/

特に後半の山根さんと、このカンポ作品はPOP!!✨ この組み合わせで、2014年のTokyo Ensemble Factory の演奏会のプログラムを思い出す人もいるかもしれない。

今回、このコンサートの後半にこの2曲を並べたのは、流石の台信セレクト。 このカンポ・エチュードを今回弾けることは、大きな喜びです✨ もちろん、聴き手にとってもそうであって欲しい♪ヽ(´▽`)/

カンポさんとは、鼻の高ーいイケメンのお兄さん(素敵なおじさまでしょうか?(*^^*))。 我らの期待の星、作曲家山本哲也くんがマルセイユ国立音楽院でついていた先生。また、グリゼークラスのもと同じクラスで学んだ夏田昌和先生の同期の作曲家でもある。

以前、日仏現代音楽協会でのカンポ先生によるレクチャーで、

「POPで何が悪い!!」

と会場を笑わせた(*^^*) 「キッチュ」だなんて、お久しぶりの言葉を持ち出してくるのもいいのかもしれない。

ネタバレもいけませんが、まぁ、このエチュードには実は5つの音しか出てこない。 g, a, h, d, e

いたって、単純明快!! ポリフォニー的重層感は見当たらない。でも、パルスは変わる。

---巨人からしたら、小人の話声は速く聞こえるよね。

生き物によって、パルスの感じ方が違うんだ。 ただのトリルも3連も生身で感じることの面白いこと。

あとリズムキャラクターというは、カンポさんの喜劇的音楽の中でかなり重要な役割を果たすよう。

とにかく、律動の音楽だ。

内部奏法で、弦を遮ってだされる音と現実の音との移行は魔法のようです✨ (我が家の大切のピアノは、ベンジンで弦を綺麗に拭き取りながら元気に内部奏法練習中!w(^^)/ )

コミカルで、ユーモアに溢れた、聴くのに「努力」というものを必要としない楽しさがここには、あって。

とにかく「今を生きる!」生命感に溢れていて、とっても健全で明るい音楽です!

そして、繰り返す………

そもそも、、 重さか、軽さか、って私たちはどちらを選ぶべきなんでしょう

「重さ---軽さ という対立はあらゆる対立の中でもっともミステリアスで、もっとも多義的・・・」

というのは、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』の出だし部分。

これは、大学在学中に夏田先生が紹介してくれた本だけれど、なぜかふと思い出してしまって、納得。 この小説の冒頭では、ニーチェの「永劫回帰」なんて持ち出してきて随分哲学臭く始まるように一見思えるんだけれど、、、 要するに、特殊な出来事として歴史がある訳だけれど、結局は「人生の一瞬一瞬が限りなく繰り返される…」

色々謎も多いこの考え方だけれど、こうなると歴史上の特殊性も、人間一人一人の人生も軽く吹き飛ばされてしまう感じがしますね\(◎o◎)/

---展開に困ったら、繰り返せばいい。

---同じモチーフを繰り返して何が悪いんだ、

---新しい展開を無理に考える前に、展開するなら、その前を見れば自ずとわかる

カンポさん、そんなことをおっしゃっていた気がする。

勿論、このエチュードでも何度も同じパッセージを繰り返すんだ…小気味良く、そっくり同じ事を。だけど、時間の流れの中で。

そういえばカンポさんもニーチェを引用されてたなぁ。

「人間、懊脳するが故に、笑いを発明しなければいけなかった」

ユーモアってもともとは体液を表す言葉だというのもカンポ先生に教えてもらったこと。

生きることは、ユーモア。

2014年、東京でも演奏されたカンポさんの『Pop Art』。

躍動感が継続する。生き生きと興味が持続したのを覚えている。

POP Artとは? ---リアルタイムの!人生のある瞬間!

そんな風にカンポさんは捉えているよう✨

私は、カンポさんが嫌いな、そして「あれは飽和ミュージックだ!」なんて揶揄された“ブーレーズ”の音楽を、非常に愛着を持って弾いている。(笑)

でも、ブーレーズだって、決して概念「事物以後の普遍」の音楽をそのまま奏でている訳でもないし、その瞬間を充分に生き生きと生きてる音楽だとおもうから、わたしも一生懸命その場その場で弾いてる!

「生き生きとした興味の持続」は、ブーレーズのテーマだから。

カンポさんだって、言ってみれば「生の肯定」概念・哲学が音楽になっているともいえる。

でも、事物になる前の普遍として。そこにリアルに生きている!

演奏がそもそもそういうことだから、まあ、一瞬一瞬大切に生きよう!と、結局は月並みな答えに帰ってくる。

みなさんも、「今」を、一緒に共有しましょう!

お待ちしております♪ヽ(´▽`)/


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